銀人
宜春郡(ぎしゅんぐん、注:現江西省)に章乙(しょういつ)という人がいた。その家は孝義の厚いことで有名で、兄弟は分家をせず仲良く暮らし、常に食事は一家揃ってとる。一家の暮らす山荘は、亭(あずまや)が点在し、渓流に竹林の繁る非常に幽静なところであった。息子達はみな学問を好み、書物を収集し、知識人との交流も盛んであった。賓客(ひんきゃく)があれば一家を挙げて歓待した。
ある夕方、章家を若い女が訪れた。女は非常に美貌で、装いも華麗であった。下女を連れており、一夜の宿を求めてきた。章家の女達は喜んでこの主 従を迎え入れ、酒肴(しゅこう)を並べてもてなした。もてなしは夜更けまで続けられた。
章乙の息子の一人に文章に秀でた俊才がいた。これが女達の酒宴をのぞき見て、美しい客人に心を奪われてしまった。そこで、乳母に女達が用意したのとは別に部屋を用意させ、そこへ客人を案内させた。自身は家族の寝静まるのを待って、客人の部屋に忍び込んだ。
暗闇の中、足音を忍ばせて寝台に近づき、手で探った。手に触れた女の体は堅く、氷のように冷たい。驚いて家族を起こして灯りをつけてみると、寝台の上には二体の銀人が横たわっていた。重さは千百斤(注:一斤は約 600グラム)もあろうかと思われた。
一家はこれに驚喜したが、何かの変化(へんげ)でもと疑い、炭火で焼いてみたところ、正真正銘の純銀であることがわかった。
このことがあって以来、章家はますます富み栄えた。毎日、三度の食事の時には、太鼓を打ち鳴らして家中に知らせると、一家合わせて五百人あまりが食堂に集まり、全員が席についてから食べ始めるのであった。
江西広しといえども、章家ほど栄えた家はなかった。(五代『玉堂閑話』)