逃げ出した花婿


 

 氏の娘が盧生に嫁ぐこととなった。婚礼の当日、李家では巫女を呼んでこの結婚の吉凶を占わせることにした。
 母親がたずねた。
「今晩、娘が嫁ぎます。あなたも盧さんのことはよくご存知でしょう。どうです、将来は有望でしょうか」
 巫女が答えた。
「盧さんは鬚をお生やしでしたか?」
「はい」
 この答えに巫女は手を振ってこう言った。
「なら、お嬢様のお婿さんではありませんよ。お婿さんは中肉中背で色が白く、鬚のないお方です」
 これには母親が驚いた。
「まあ、何を言うのです?娘は今晩、嫁ぐのですよ」
「お嬢様は今晩中にお嫁ぎになられます」
 母親にはその意味がわかりかねた。
「今晩嫁ぐのに、どうして相手が盧さんでないと言うのです」
「それは私にもわかりません。ただ、ここで言えるのは盧さんはお嬢様のお婿さんではないということだけです」
 そこへ、盧家からの迎えが到着した。母親は巫女にこれを示し、
「こうして迎えまで来ているのですよ。でたらめを言うのもいい加減にしてちょうだい」
 と言って追い出した。
 巫女と入れ違いに盧生が入ってきた。しかし、花嫁の姿を見るなり、踵(きびす)を返して飛び出して行った。その素早いこと、まるで何か恐ろしいものでも見たかのようである。慌てて後を追った時には、馬に飛び乗って遁走した後であった。
 家族には何が起きたのかまったくわからない。父親はもともと気の強い人だったので、盧生の不可解な振る舞いにたいへん憤った。花嫁となる娘は、親の欲目をさし引いても十分美しい。それを盧生はまるで化け物でも見たように逃げ出したのである。
 父親は憤りのあまり、居並んだ招待客の前に娘を引っ張っていった。
「ご参列の皆さん、この娘のどこに人を恐れさせるところがあるのでしょうか?」
 招待客の目には恥ずかしそうにうつむく美しい娘の姿が映った。誰もが首を横に振るのを見て、父親はこう続けた。
「もし、こうして皆さんに娘の姿を見てもらわなかったら、この子はけだもののような姿をしていると思われたかもしれません。事実、もう少しでそう思われるところでした」
 皆、憤りと同情を隠さなかった。父親はなおも続けた。
「この娘をご覧になって娶りたいという方があれば、今この場で婚儀を執り行いましょう」
 この提言に招待客はどよめいた。そこへ盧生側の招待客である鄭任(ていじん)が名乗りを上げた。不思議なことに鄭任の姿かたちは巫女が言った通りであった。

 結婚後、鄭任は盧生と会った時、婚礼の晩にどうして逃げ出したのかをたずねた。盧生の答えはこうであった。
「花嫁の両目が真っ赤で盃くらいもある上に、牙が数寸も伸びていたんだ。仰天して逃げないはずがあるかね」
 鄭任はもともと盧生と親しくしていたので、妻と対面させた。花のような新妻に、盧生は大いに恥じ入った。

(唐『続玄怪録』)