化 火


 

 帝に公主が生まれた。蜀帝は乳母の陳氏に公主を養育させることにした。陳氏は幼い息子を連れて宮中に入り、公主とともに暮らした。
 公主が年頃になると、陳氏母子は宮中を出た。陳氏の息子は想って、重い病にかかった。
 ある日、陳氏は宮中で公主と面会したのだが、その顔には憂いの色を浮かべていた。公主にわけをたずねられ、陳氏は息子の病のことを打ち明けた。公主は自分を慕って病にかかった陳氏の息子にいたく同情した。
「一度だけ会いましょう」
 公主は陳氏の息子と拝火教(ゾロアスター教のこと)の廟で逢い引きすることを約束した。

 約束の日、陳氏の息子は刻限より早く廟に行き、公主を待った。しばらく待つうちに、強烈な睡魔に襲われて眠り込んでしまった。
 刻限になって公主が廟にやって来たのだが、陳氏の息子は深い眠りに落ちたまま目覚めなかった。公主はしばらくその傍らに付き添い、その目覚めるのを待った。しかし、陳氏の息子は眠り続け、いっこうに目覚めなかった。
 公主は幼い時から身につけている玉環を解いて、陳氏の息子の懐に置いた。
「私は来たのに、あなたは目覚めない。この玉環は私がここへ来た証」
 公主は立ち去った。

 しばらくして、陳氏の息子は目覚めた。玉環を見て、公主がすでに立ち去ったことを知った。陳氏の息子を深い絶望が襲った。
「あの人は行ってしまった……」
 その胸から火が燃え上がった。火はまたたく間に燃え広がり、陳氏の息子と廟を焼き尽くした。

(明『情史』)