狂 泉
昔、ある国に泉があった。この泉は「狂泉」と呼ばれ、その名の通り、この水を飲んだ者はたちどろこに狂ってしまうのであった。
国民は皆、狂泉の水を飲み、皆、狂っていた。ただ、国王だけは特別に井戸を掘ってその水を飲んでいたため国中狂った中で、ただ一人狂っていなかった。
国民は自分達と違う国王のことを狂っていると思った。
「ヒャヒャヒャ、我が君はおかわいそうに狂っておられるぞ」
「ウヘヘヘ、そうだ、そうだ、狂っておられる」
「ヒヒヒ、治療してさしあげねば」
「ホウホウホウ、そうしよう、そうしよう」
国民は早速、王宮に押しかけ、国王を縛り上げた。そして、灸(きゅう)をすえたり、鍼(はり)を打ったり、薬をそそいだり、と思いつく限りの治療を施した。国王はその苦しさから逃れるために、すきを見て狂泉に走り、その水を飲んだ。
「ヒャヒャヒャヒャ」
狂泉の水を飲んだ途端、国王も狂った。
国中上から下まで皆、狂い、楽しく暮らした。(六朝『宋書』)