白い蜘蛛


 

 史の韋君は江夏(現湖北省)で任にあたっていた。所用で都へ上り、江夏へ戻る途中、旅籠に泊まった。ふと見ると、柱にそって一匹の白い蜘蛛がツツツッと下りてきた。とても小さい蜘蛛であった。
 韋君は、
「うっとうしいやつだ。こんなに小さいのに、噛まれると薬も効かないのだからな」
 と言って、蜘蛛を指先でつぶした。
 しばらくすると、また白い蜘蛛が一匹下りてきた。韋君は先ほどと同じく、指先でつぶした。そして、柱の上を見てみると、蜘蛛の巣が張っている。従者に命じて箒(ほうき)で取り払わせた。
「害虫を駆除してやったわい」
 韋君はそう言った。

 翌日、出発しようという時、韋君は何気なく柱を撫でた。突然、指先に激痛が走った。見れば、指先に一匹の白い蜘蛛が食らいついていた。
 韋君はゾッとして蜘蛛を払い落としたが、指先はみるみる腫れ上がった。数日のうちに腫れは腕全体に広がり、韋君は自分で歩くこともできなくなり、輿(こし)で担がれて江夏へ向かった。医者も薬も効果がなく、片腕に広がった腫れが崩れ、おびただしい血が流れ出した。

 これより数日前、江夏にいる韋君の母親は不思議な夢を見た。白衣をまとった男が現れてこう言った。
「我ら兄弟三人のうち、二人がその方の息子に殺された。この理不尽を上帝に訴え出たところ、上帝も兄弟の非命を憐れんで、あだ討ちを許されたぞ」
 あまりにも不吉な夢だったので、母親はこのこと誰にも話さなかった。

 十日あまりして韋君が帰宅したのだが、すでに腫れは全身に広がっていた。母親は、まさに不思議な夢を見たその日に韋君が蜘蛛に噛まれたことを知ると絶望した。
「もうダメなのではあるまいか?」
 数日後、韋君は全身に広がった腫れが一度に崩れて亡くなった。まるで目に見えない力でつぶされたかのような無残な姿であった。

(唐『宣室志』)