伝 書 燕


 

 安の富豪郭行先(かくこうせん)の娘紹蘭(しょうらん)が豪商の任宗(じんそう)に嫁いだ。ほどなくして任宗は商用で湘中(しょうちゅう、現湖南省)へ赴いた。そのまま数年もの間、戻らず、便りもなかった。紹蘭は夫の帰りを一人寂しく待ち続けた。

 ある日、紹蘭が天井を見上げると、梁の間をつがいの燕が舞い遊んでいた。紹蘭はわびしさにため息をついた。そして、燕に向かって話しかけた。
「燕さん、あなた達は東の海から飛んで来るそうね。きっと、湘中を通るのでしょう。私の旦那様は数年間、お戻りにならないの。手紙もくれないのよ。生きているのか、死んでいるのか、それすらもわからないわ。燕さん、私の手紙を旦那様のところまで届けてくれないかしら」
 そう言って涙を落とした。
 燕は鳴きながら上下に飛んだ。まるで承知した、とでも言っているようであった。紹蘭は言葉を続けた。
「もし、お願いをきいてくれるのなら、私の懐に止まっておくれ」
 すると、燕は紹蘭の膝の上に降りて来た。
 紹蘭は詩を詠んだ。

  旦那様は洞庭湖へ行ったまま
  私は窓辺で泣きながら手紙を書きました
  燕の翼に託して
  薄情な旦那様に送ります

 紹蘭は詩をしたためると、燕の足に結び付けた。燕は一声鳴いてから空高く飛び立った。

 この時、任宗は荊州(けいしゅう、現湖北省)にいた。どこからか一羽の燕が飛んで来て、任宗の頭の上を飛び回った。任宗が不思議に思って見上げると、燕はその肩に止まった。見れば、その足に手紙が結び付けてある。解いてみると、妻の優しげな筆跡が現われた。任宗は詩を読むなり、妻のことを思い出して涙を流した。
「すまない、すまない……」
 任宗は泣きながら何度もわびた。燕は一声鳴いて大空高く飛び立った。

 明くる年、任宗は長安に戻った。紹蘭に手紙を示し、その不思議に感嘆したのであった。

(五代『開元天宝遺事』)