観音菩薩


 

 泉(へいせん、現河北省)に一人の娘がいた。才貌ともに優れ、観音菩薩(かんのんぼさつ)を深く信仰していた。娘の家の左隣には、南陽(現河南省)から来た青年が仮住まいをしていた。この青年も才能豊かで、美しい姿かたちをしていた。娘は南陽の青年に心を寄せたが、誰にもこのことを打ち明けたことはなかった。

 娘の父親が青年の人柄を見込んで娘を嫁がせようと思った。そこで、右隣に住む男に、青年の意思を確かめてもらうことにした。しかし、右隣の男は南陽の青年によい感情を抱いていなかった。また、近頃、妻を亡くしたばかりで、娘の美貌に目をつけ、自ら娶ろうと謀った。そこで、娘の父親にこう吹き込んだ。

「あの男は貧しいし、頭だってまともではありませんよ。あんなのと結婚させたら、大事なお嬢さんの人生をみすみす台無しにするようなものですよ」

 父親はこの言葉を信じ、南陽の青年との結婚をとりやめた。

 その後、右隣の男は娘を娶ろうと、色々と働きかけたが果たせなかった。彼は娘が自分のものにならないのならば、その人生を滅茶苦茶にしてやろうという歪んだ考えを抱いた。そして、父親に尤(ゆう)氏の息子との縁談を持ちかけた。尤氏の息子をほめそやす男の言葉を、父親はすっかり鵜呑(うの)みにしてしまった。実のところ尤氏の息子というのは、すが目で性格も粗暴であった。

 娘は尤氏との縁談が整ったことを知ると、我が身の薄命を歎いた。そして、観音菩薩に柳の枝を供えて祈願した。

「どうか、私を尤の乱暴者からお守り下さい。私の体をあの男に汚させないで下さいませ」

 結婚後、尤氏の息子が娘と寝ようとすると、何か目に見えない物に阻まれて近づくことができなかった。それは柳の枝のような手触りがした。

 娘は願いどおり、生涯その身を清らかに保った。

(清『柳崖外編』)