換 身


 

 西に一人の年老いた僧侶がいた。寄る年波で背が曲がって痩せさらばえ、手足もしびれ、言葉もはっきり口から出ない上にいつも眼をしょぼつかせて涙を流していた。

 ある日、年老いた僧侶は若い僧侶にこう言った。

「ワシの部屋はすっかり古くなって、もう住めない。君の部屋を借りたいのだが、融通(ゆうづう)してもらえまいか」

 若い僧侶は、

「どうぞ、お使い下さい」

 と答えた。

 翌朝、若い僧侶が目覚めると、体が思うように動かない。風邪でも引いたのかと思ったが、気分はいつも通りすこぶる爽快であった。両の手を顔の前にかざしてみると、枯れ木のように痩せさらばえていた。

「一体、どういうことだ? 一晩で年を取ってしまうなんて」

 朝食の時間になって食堂へ行くと、食事係の僧侶が、若い僧侶が一人足らない、と言う。

「私ならここにおりますが」

 と、返事をしたところ、食事係は不審な顔をした。

「あなたは長老ではありませんか。それをどうして若いなどとおっしゃられるのです?」

 しかし、僧侶の声をよく聞いてみれば、確かに若い僧侶のものである。これはおかしい、ということになって、住持(じゅうじ)が僧侶達に命じて若い僧侶の行方を探させたが、すでに寺にはおらず、その行方はわからなくなっていた。

 若い僧侶は、

「昨日、長老が私の部屋を借りたい、と言っていたが、実は部屋ではなく、私の体を借りたいということだったのだ。私が承諾(しょうだく)したから、寝ている間に体を取り換えて逃げてしまったにちがいない。すぐにも長老を追いかけて、体を取り戻さなければ」

 と言って、役所に訴え出た。しかし、役所ではその訴えを荒唐無稽(こうとうむけい)として退けた。


 思うに年老いた僧侶は、すでに悟りの境地に達していたのであろう。そうでなければ、他人と体を取り替えることなどできまい。若い体と取り替えたのは、中年になって精神を修養し、功を成し遂げた時にはすでに年老いていたので、まだまだ使えそうな体を選んだのであろう。あるいは、天下の山水を遊歴するつもりなのかもしれない。

 仏法は広大無辺、見つけることなど不可能であろう。

(清『咫聞録』)