李 侠 客


 

 侠客(りきょうかく)は某公子と親しくしていた。公子が年若い役者とわりない仲となった。李はたびたび役者と別れるよう勧めたが、公子は聞き入れなかった。役者の衣食から車馬、住まい、妻にいたるまで、すべて公子がまかなってやった。
 公子は役者に入れ揚げたあまり、数年後には身代をつぶしてしまった。公子は気落ちして病床に就く身となったが、役者は一度も見舞いに訪れなかった。
 李が見舞いに行くと、公子は病床で涙を落として言った。
「私がこうなった途端、あの子は顔も見せなくなってしまった。ああ、恨めしい。なのに、私はあの子に会いたくてたまらないのだ。ああ、もう一度、あの子に会いたい……」
 李は公子を慰めた。
「それがしが連れてまいりましょう」
 その夜、役者が妻とさし向かいで酒を酌み交わしていると、ひさしから黒い影が飛び込んできた。影の主は李であった。
「な、何をしに来た?」
 李は腰の剣に手をかけて言った。
「公子はお前のために貧しくなられ、病に臥せる身となられた。それなのに、お前は一度も見舞いに訪れたか? おそらく、もう役に立たない相手だから、わざわざ足を運ぶ気にもならないのだろう。ならば、オレがお前の首をかき落として、公子のもとへ持参してその迷いを断ち切ってくれよう」
 役者は恐れをなし、泣きながら命乞いをした。李は長さが八尺もある剣を抜いた。
「公子がお待ちだ」
 剣をひらめいたかと思うと、役者とその妻の首は血しぶきをあげて転がり落ちた。李は二つの首を嚢(ふくろ)に入れて、ひさしに飛び上がった。
 李は公子の病床を訪れた。
「公子、あの者がまいりましたぞ。女房も一緒です」
 公子はやつれた顔に喜びの色を浮かべた。李が嚢を開くと、血のしたたる二つの生首が現われた。驚きに声も出ない公子に向かって李は、
「公子の妄念(もうねん)を断つために、それがしの一存でやったことです。決してご迷惑はかけません。これにてお暇いたします」
 と言うと、二つの首をぶら下げて出て行った。公子の迷いも覚め、病は日に日に癒えていった。以来、李は行方知れずとなった。

 十年あまり後、ある人が太原(現山西省)太守のもとで李と会い、太守からこの話を聞いたという。

(清『柳崖外編』)