恩情廟
広東順徳県は河の下流に位置する。春と夏には増水して流れが早くなるため、丸木橋では往来できず、渡し舟に頼るしかなかった。
ある日、渡し舟が満員の客を乗せて、河を渡ろうとしていると、
「船頭さん、乗せてちょうだい」
と声がかかった。見れば、声の主は水桶をさげた、十四、五歳ほどの美しい小間使いであった。手にした一枝の蘭の香りをかぎながら微笑む姿に乗客は目を奪われた。
小間使いが渡し舟に乗り込むと、乗客はその手にした蘭にことよせて、冗談を言ってからかった。小間使いは頬を赤らめて、蘭を袖の中にかくしてしまった。
乗客の中に、風采のよい、若い書生がいた。書生はふざけて小間使いに、
「花もあでやかだけど、持ち主の方がもっとあでやかだ。花も好きだけど、もっと好きなのはその持ち主だね」
と言った。小間使いは笑って書生を流し目で見ながら、
「そんなにこの花がお好き? さしあげましょうか」
と言って、蘭をさし出した。書生は真っ赤になって受け取った。
突然、舟が傾き、小間使いが足をすべらせて河に落ち、流れに飲まれてしまった。すべてはあっという間の出来事で、誰にも助けることができなかった。
書生が悲しそうに流れを見つめていると、誰かが、
「あの娘はあんたのことが好きだから、花を贈ったんだろう。それなのに、あの娘を助けようともしなかった。何て薄情な男だ」
と非難した。書生は小間使いの後を追うように、流れに身を躍らせた。船頭が気づいた時には、書生の姿は見えなくなっていた。
翌日、渡し場に書生と小間使いの死体が浮かびあがった。二人は頬を寄せ合い、互いをしっかりと抱きしめていた。二人の死を悼んだ人々は一つ墓に葬った。そして、渡し場に廟を建て、恩情廟と名づけた。
この廟は夫婦和合に霊験があり、仲の悪い夫婦が祈願すると、睦まじくなるとのことであった。
(清『香飲楼賓談』)